2011/08/22

自転車はどこを走るのか (20160307更新)

・交通安全を守る
・交通弱者を守る
・自動車の車道走行は許可事項である.基本的に自動車優先でも自転車優先でもない.
・自転車が歩道を走っている理由.「60年に制定された道交法は自転車の歩道走行を禁じたが、車道事故が増え(交通戦争という言葉が生まれた時期であり,自動車による死傷事故がとても多かった.相手は自転車とは限らないことに注意)、70年には標識のある歩道に限って走れるよう改正。歩行者との接触事故が目立つようになると78年の再改正で、走行可能な歩道での徐行や歩行者の前での一時停止を義務付けた。」

すると
自歩道: 歩行者VS自転車.歩行者が交通弱者.人がいる場合は,自転車は思い切って自転車を降りるか,歩行者の安全のため車道(法的な本来の走行帯)へ移動する.
車道: 自転車VS自動車.自転車が交通弱者.自動車は自転車が車道にいることを認識し,その安全のため,気をつけ運転する.簡単な自転車走行帯が車道にあると互いにより安全である.


これだけ.
・・・これだけだよなぁ.


まず第一に.
 道路交通法総則の目的には,「この法律は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とする。」とある.
 目的として「交通安全」についてうたわれているのに,条文の細目から議論に入る風潮はおかしい.「安全の議論はどうでもよく,法律できまっているから」,という人がいるが,このとおり,法律の大目的の一つは交通安全である.目的にそぐわないのであれば条文を変えてゆくべきである.優先順位を履き違えている.
 そして,交通安全をそれぞれの立場からのみ議論し,互いに排除しようとする風潮もおかしい.現実的に排除できない以上無意味である.
 総則の目的に従い,「すべての立場の人が安全となる」妥協点を探すことが第一.

意見.
 ランも自転車も自動車も趣味としている人間にとって感じること.
「自動車側に,自動車は優先ではないこと,自転車が車道を走るものだという認識,啓蒙が足りないのが,最も問題である」

 自動車側の認識が改まれば,自転車はより安全に車道へ移行でき,結果,歩行者も安全となる.
 自転車側のマナーの前に,自動車側の認識が足りなすぎる.自動車側の認識を何とかしない限り,自転車が犠牲者となる事故はなくならないだろう.
 自動車に何のために免許があるのか?.それだけの責任があるからだ.ヒトを簡単に殺せる1tもある化物を扱っていることを理解して欲しいと思う.軽々しく運転するもんじゃない.
 自動車は70年代に比べオートマになるなど操作自体は簡単になっている.しかし自動車の事故率は大きく減っていない.運転者の質は変わらないか,はっきりいって落ちている.
自動車を運転するものは,はっきりいって,安全確認に対し怠けすぎだ.


 まあ,このあたり感じ方は,住む地域によるとは思う.
 街中では自動車より自転車が加害者になりやすいから,自転車非難となりやすいだろう.だが,自分の住む地域は愛知,自動車による死亡事故が日本で最も多い県のひとつだ.自動車の凶悪さは身にしみて感じている.



(2008にも似たこと書いてたようだ.「自転車は何処を走るべきか、ヘルメットを何時かぶるべきか自己基準記録」)



 自転車走行帯ができても自動車が塞ぐ.これもどうかしなければならないが,車道1車線を自転車専用にしない限り,どうしようもないか?



追記
ラン:
 「ナイトランで黒いウェアは道交法違反に!?」@
見えるように.まあ,歩道から自転車がいなくなればあまり問題でない.いや,ランナーVS歩行者という問題もあったか.

バイク:
 バイク乗りの自転車に対する一意見

自転車:
 もともと車道を走っている自転車乗りは,都市圏以外では,だいたい道路交通法を積極的に学習し,理解し従っている印象を受けている.(少なくとも地元では,車道を走る自転車の信号無視を見たことなんて殆ど無い.まあ,愛知では信号無視すると自動車に積極的に轢き殺されるからそうしなければ生き残れないという理由もあるのだけど.モラル任せにするより危険を与えたほうがルール守るようになる,そういう指導もありかもね.).
 都市部では,車道を走る自転車と歩道を走る自転車差はなく,他人の安全なんか知ったことじゃないと考える有象無象ばかりという印象.人が集まればどうしても馬鹿者の絶対数が増えるためか,はたまた都市部は馬鹿者が集まる特性があるのか,都市部に住むと馬鹿者になるのか.
 車道走れないと思うなら自転車に乗らなければいい.乗るならきちんと勉強しろ.嫌なら乗るな.乗ってくれとは誰も言っていない.
 「自分が歩行者轢くのはいいけど,自動車にひかれるのは嫌だ.だから人がいようと歩道を走る.」ああ気持ち悪い.


自動車:
 引用しないが,自動車しか乗らない人は「自転車邪魔」以外の意見を言わない気がする.自転車と事故を起こそうが,自分は怪我しないから人ごとか.自転車を轢いた際の罰則をより高めると緊張感が出て良いかも.
 既得権を失いかねんから黙っていよう,という雰囲気を醸し出しつつある気もする.
 「自動車でトラックの後ろについて走っていたら,トラックに抜かれた自転車を轢きそうになった.自転車危ない」という意見には笑った.
 「自転車が車道に来れば交通の妨げになる」.やれやれ,車道は自動車のものとでも思っているのかね.
 交通の妨げというならば,今の渋滞を解決する方法がある.渋滞地域への自動車の乗り入れを制限すれば良い.「自動車を使えないと困る」.真剣に,自動車無しでないとほんとうに困るか検討してから言え.既得権ってのは厄介ですな.
 「自分が自転車轢くのはいいけど,自転車のせいで罰を食らうのは嫌だ.だから自転車は車道に出てくるんじゃない.」おもしろいねぇ.





警察庁 良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について20111025
 (最もわかりやすい疋田智20111025引用.所感は除いた)

●車道を通行する自転車の安全と、歩道を通行する歩行者の安全の双方を確保するため、自転車は車両であるということをすべての者に徹底
自転車本来の走行性能の発揮を求める自転車利用者には、歩道以外の場所を通行するよう促進。
歩道を通行する者には、歩行者優先というルールの遵守を徹底
●交差点で自歩道同士をつなぐ、自転車横断帯の撤去
●パーキングメーター等を撤去
●自歩道箇所の見直し
●損害賠償責任保険等の加入の必要性を、自転車利用者に啓発
●ヘルメット着用の促進
●自動車等が通行する車線を減らすことによる自転車道等の整備を検討
●学校教育、自動車免許更新時講習などでの、自転車安全教育の推進
●「自転車安全利用五則」の徹底
自転車に対する取り締まりの強化
●交通ボランティアなどと連携した街頭活動の強化

 これは凄い.よくここまで思い切ったものだ.
 自転車業界の意見がほぼ採用されているように感じる.
 (傍から見ると自転車いじめに見えるようだが,違反自転車は,自動車,自転車,歩行者すべての敵であり,上の発表は歓迎できる.これを自転車いじめに思う人は,自転車の乗り方を間違えている,間違える可能性が高い,最も認識を改める必要がある人.自転車に対する取り締まりの強化などは特に,自転車にきちんと乗っている人こそが,歓迎する内容だ.)
 自転車が皆車道へ移動すれば,自転車にのる者は自分の身を守るためきちんと道路交通法を勉強するようになり,認識不足による危険な自転車運転は減り,かつ自動車へのアピールとなり,自動車側の認識もあらたまり,危険は減っていくはずだ.
 運用から数年は,学習することを知らない連中が無謀運転をし,それらが死滅するまでは事故が増えると思うけど.



ちなみに自転車保険は自動車保険の付帯としてつけるのがおすすめ.
 保証内容が人身無制限など,自動車と同等となるのでかなり豪華な上に,保険料上昇は殆どない.
 具体的にどこかとは言わない.



追記
・日本経済新聞のかくも不誠実な対応(かなり長いっす)の(週刊 自転車ツーキニスト449)@
 「自動車から自転車が見えるのが安全」はその通り.これは自転車がみられるように走るのと同時に,自動車が自転車がいることを認識して走ることも必要.
 3日ほど後,疋田さんの希望通りの小さな修正記事が出た.
 
 日経の話ではなく,報道全般だが,なんというか,警察庁の発表に対しかなり曲げて報道している気がする.
 報道は,昔と同じく,自転車は危ない,邪魔だ,という論調が主流な気が.
 警察庁の発表は,相互安全に対するものだと思うのだが,報道は発表の趣旨を理解していないのか??.これまで報道してきた持論を変えたくないだけか??
 8割が検討もしない報道で,2割が秀逸な報道という感じを受けている.

 報道の内,自転車を非難する傾向があるのは主要メディア,公平な判断を下しているのは枝葉のメディア,であるように感じる.読者層と相関がありそうだ.これまとめると面白そうだな.
 読者の意見やテレビのアンケートを見ていると,自分には関係ないものを非難する傾向にあるようだ.自動車しか乗らないものは自転車を非難し,自転車しか乗らないものは自動車と歩行者を非難し,歩行しかしないものは自転車を非難する.利己的で結構だね.まあ,読者の意見もアンケートも.報道が主張したい部分を任意に抜き出しているだろうから参考にならないけど.

 記者って,ほんと忙しいんだな.調べる時間もないみたいだ.
 自転車でこれだけいい加減な記事が多いのを見ると,他分野の報道もいい加減なんだろうなと思えてしまう.
 まあ,経済なんかと違って,交通専門の記者なんていないだろうだから,調査時間不足になりやすいのだろうが.

・なぜメディアが“けしからん”存在になってしまうのか


・「大都市とは違う」の声も「車王国」群馬
 車道が交通量が多く歩道に人がいないのであれば,車道をけずり自転車道にするのでなく,歩道をけずり自転車道にすれば良いではないか?
 自転車全てが車道に出れば次第に安全になってゆく.これが基本.
 物事を変えるなら皆が犠牲を払わなければならない.怠けて自分はやりたくないって思うから変な議論になるんだ.
・いずれは全て車道に出よ



・個人的な意見では,大都市圏は,しばらく自転車の走行自体を禁止すべきだと思う.
 降りて歩道を歩く以外に現状すべてが安全となる方法などないだろう.歩道危ない車道危ない自転車走るとこない,というなら,選択肢はただひとつ,自転車に乗らないことだけ.
 仕方なく自転車で車道を走るなら,ルールを学び,自動車に見られるように運転し,車道走行に適した自転車に乗ればよい.

 まあ,他にも解決策はある.
 自転車に注意し運転する気「すら」無い,身を切る気がない怠けた自動車乗りが合意するはずもないが,
 「大都市圏は,自動車の乗り入れを禁止もしくは制限すれば良い」
 欧州と違って物事の本質に注目し大鉈を振ることないから,この解決策はとらないだろうけど.
 日本も渋滞税導入すれば?.ETCは充分普及したことだしシステムは出来上がっているわね?

 



追記
・警察庁の発表から2週間
 新聞テレビなど報道量が予想以上に多い.意見も,既得権を守るだけではない様々なものが出はじめた.とても良い傾向.
 今回こそ,本当に変わるか??
 しかし…自動車側の運転を見なおせっていう報道は,殆ど無いなぁ.
 教習所で定期的に教育受けるからOKってことなのかねぇ.
 報道聞いてそのまま自分の意見にする人が多いから,秀逸な報道が増えることを期待したい.
 とはいっても,しばらくすればまた醜悪な記事が増えるのだろう.報道の意見は波を打つ傾向があるから.


・現実的な今後の流れとしてはこんなとこか?
 今回の指針
 自転車の歩行者に対する事故の厳罰化
 自転車は徐々に車道に移動
 この間に自転車通行路整備
 自動車の自転車に対する事故の厳罰化
 



追記
・うがった意見だが,道路整備の費用はやはり自動車の税金から出るのかね?
 安全のためには仕方ないが,まだまだ2重課税が続くのか.
 (基本的に反則金から費用が出るとのこと.自転車の反則金制度も始まりそうだし,まあ適当か足りないとは思うけど)



・「転倒した自転車の男性、ひき逃げされ重体
(愛知県)
18日早朝、愛知県豊田市で、自転車の男性が路上に転んだところを乗用車にはねられた。乗用車はそのまま逃走し、男性は意識不明の重体。警察ではひき逃げ事件として乗用車の行方を追っている。 警察によると、18日午前6時ごろ、豊田市広田町広田の国道155号で、自転車で走行していた男性が前から来た自転車と衝突し、路上に転び、前から来た乗用車にはねられた。乗用車はそのまま逃走した。男性は病院へ運ばれたが、意識不明の重体。警察でひき逃げ事件として乗用車の行方を追っているが、乗用車は黒っぽい小型の車だったという。現場は歩道や自転車専用道路のない道路で通常、通勤などで交通量は多いという。
[ 11/18 8:55 中京テレビ]」
 読み取ると
 1 転倒自転車は車道を逆走
 2 前から来た自転車は交通ルールを守っていた
 3 前から来た自動車は逆走自転車を見つけることが困難でありこれを避けることが難しい.
 =転倒自転車の交通ルール違反が招いた典型的な事故.
 転倒自転車は,自転車が車道を走ることを理解していたかもしれないが,自転車が車両であり左側通行をしなければならないという認識が不足していたのだろう.これは少し自動車側がかわいそうだが,これを避ける技術と予測運転を要求されるのが自動車.そのための免許制.もちろん逃げちゃイカン.
 歩道が話題に上るが,歩道がない道路ほど,自転車が車両であるとの認識とそれに従った走行が大変重量.
 自転車左側走行さえ守っていれば死ぬことはなかったし,自動車側が罪に問われることもなかっただろうに・・・

 ただ,いまのところ車道の外側の路側帯は,相互通行可能と解釈することもできる.記事からは転倒自転車が路側帯を走っていたか車道を走っていたかわからないが(車道側に倒れたってことは車道を走っていたのだろう),これもしっかりと方針決めるべきだろう.(201312法改正.自転車は車道だけでなく路側帯でも左側通行となった.)


・「NATO事務総長&デンマーク元首相、アナス・フォー・ラスムセン


・自転車、徐行なら歩道OK…警察庁局長の見解
 そういうことか
 では今と何も変わらないと…
 高齢者や子供を乗せた保護者、前かごに荷物を積んだ人は,歩道走行しても事故を起こさないというエビデンスがどこかにあるのか? スピードメーター取り付けの義務のない自転車を歩道とはいえスピード違反で取締できるのか?証拠がなければ取締は難しいぞ? 車道走行が危ないから歩道で事故起こしても良いとの理解か.
 自動車免許と同じ視点から考えれば,安全に走行できないのであればその車両に乗るべきではない,つまり,高齢者や子供を乗せた保護者、前かごに荷物を積んだ人は,車道を走れないのであれば,自転車にのるべきではない,とすべき.安全第一ならば.
 いやまあ,現状では折り合いのつく解決方法がなく,発言に苦しいところか.
・自転車は車道を徹底する宮城県警…指導員を増強
 迷走中???
・今度は読売!悪意のメチャクチャ記事の451号
・公開質問状を石井交通局長に出した(週刊 自転車ツーキニスト452)


・欧州遠征記コラム:ドイツにおけるアーヘン、ケルンの自転車事情
 必要なのはほんのちょっとの認識の違いだけなのかもね.徹底することは不可能なマナーの問題ではなく.


・違法自転車、大井ふ頭で一斉取締り
 この場所は数年前から問題が提示され,ロード側でマナー向上の議論がされていたのだけれど,結局改善されなかった.
 もうタイムリミットだろう.ここが使えなくなるのは自転車側の努力不足であり自業自得.どんどん取り締まって欲しい.


・【from Editor】自転車はみな同じではない - MSN産経ニュース
 極論を一般論にして批判しているように読める.基本ルールを議論しているはずなのに,なぜ極論で全体を批判する?.基本ルールを作って例外事項を設定すればそれで済むだろうが.
 ブレーキの効かない通常のママチャリは無視ですか.速やかに止まれない自転車が歩道を走ることが歩行者にとって危ない.だからスピード出す自転車を歩道から除くのでしょう.ブレーキは??.ノーブレーキピストを槍玉にあげてなぜブレーキの効かない自転車に注目しない??.
 ママチャリってブレーキろくに効かないのばかりだぞ正直ノーブレーキピスト並に悪い.
 重量が増せば制動距離も伸びる.注目するなら3人乗り自転車のブレーキや安定性に注目すべきであって,歩道車道の議論はその後.歩道車道に注目し全体を安易に批判するのはどうか?
 素人の記事ならいざしらず.プロの記事じゃないなあこれ.
Daisy, Daisy
Give me your answer do
I'm half crazy all for the love of you
It won't be a stylish marriage
I can't afford a carriage
But you'll look sweet upon the seat
Of a bicycle built for two


追記
・疋田さんが示唆するように,今回の警察庁の発表は,同時に明確なロードマップを示さなかったことが問題であり,それがその後の混乱の原因となっているように思える.

・個人的な感覚では,車道を自転車で走っているときに自動車と事故を起こしそうになる頻度を1とすると,自歩道を自転車で徐行しているときに歩行者や自動車と事故を起こしそうになる頻度は10程度と感じている.
 車道を自転車できちんと走れるのであれば,すべての人の安全を考えると,自転車は車道を走るべきだと思う.


・自転車も車道直進を 交差点事故防止へ指針
 これは素晴らしい!!




追記
・自転車の危険走行で免停 大阪、2人死亡事故を誘発
 自転車に乗っている時の危険運転で,自動車の免許停止.こうあるべき.


・第二東京弁護士会意見書
 秀逸.
 コレでまとめでいいのではないか.





Richard Burns Foundation


ああ,やはりぐちゃぐちゃになってきた.



・夜間に「無灯火」の自転車が乗用車と衝突・・・責任はどちらにあるのか?
http://blogos.com/outline/77216/
自転車の無灯火運転は危険な行為であり厳しく取り締まるべきである.しかし,それにより自動車側の責任がなくなるわけではない.それは別だ.

自動車運転には免許が必要であり専門家責任がある.医師等に専門家責任があるように.
それがあるため,無過失にはならない.
自動車を運転するものには,飛び出し,無灯火を想定し,運転する責任が,専門家としての注意義務が,ある.

一般にはなぜか,他人には専門家の説明責任などを求めるのに,自分にはその責任があるはずがない,とする考え方がはびこっているようだ.





・自転車は受益者負担をしていないのが問題
 http://nomano.shiwaza.com/tnoma/blog/archives/008713.html
プラクティス
この場合,費用を支払わなくとも権利は存在する.
受益者負担は公平の問題であって権利の問題でない.公平はべき論であって義務ではなく,批判して当然なことではない.

個人の自由を認める以上,公平平等は絶対に達成できない.
公平平等は目指すべき理想であって,達成しなければならない義務ではない.

(自由は必ず公平平等より上に来なければならない.(過去の日本が達成しかけたように,ほぼイコールがある意味理想ではあろう.
日本は,結果平等(実質平等,公共の福祉として実践)概念が強い傾向にある憲法を持つが,自由より強いわけではない.
世界的には,自由は(実効性がないことがあるが)基本的概念と合意されうるが,平等は基本的概念とされていないことがある.
国際司法裁判所でも,平等の概念は,当事者相互が認めるときのみ,考慮されうる.
無条件な平等を認める国は一つもない.)
達成すべき公平平等は,停滞死を避ける動的平衡.時系平均的平等であって,その手段としての公平.(不正競争防止法と独占禁止法を学べ)
一般的に,自由は多様性を促進(維持?)し将来の硬直死を防ぎ,平等は多様性を阻害(制限?)し現在の運用を維持する(社会が必要とする単一性を促進する.平等≒ルール,法).
世界人権宣言において,自由は,生れながらにして自由,とされ,限定されない.
世界人権宣言において,平等は,「尊厳と権利とについて」平等,「法のもとにおいて」平等,とされ,限定される.

権利は他人との境界を明確にするものであり,争いを事前に避けるものである.
妥当な権利を知らないということは,自分の利益が損なわれるということ以上に,他人の利益を損なっているということ.

自転車はフリーライドしているという意見は,
1その権利とは何かを理解していない
2税金とは何かを理解していない
3法の基本である「第三者の視点設定」を理解していない
ことからでたものであろう.


公道を走る権利は法により与えられており(そも人権には議論があるが,それ以外の権利は法により与えられる.公道を走る権利は,「車道を走らなければならない」との法文上の義務から派生する当然解釈をその根拠とする),自動車,自転車双方にある.それは受益者負担とは関係がない.
自動車はこれまで過分な車道独占権を享受してきたのであり,公道独占の利益を(結果的に)フリーライドしてきたのは自動車側である(いやまあ国の方針で結果的にそうなっただけであるので,自動車側一般のフリーライドは言いすぎだが.車道は自動車が独占するものという感覚をもっているものは,それがフリーライドであることに気づいていない,とは言える).自転車は当然の権利を主張しているに過ぎない.
現在,安全という最低限の権利を行使するために自転車道整備等は必須事項となっている.

自動車に関連する税は,「自動車が」公道を走る代償としての税であって,自転車とは関係ない.
「その」税は,過分な権利の代償として支払っているのであり,税を支払うから権利が与えられているわけではない.逆に考えてはならない.
安全確保は当然の要求事項であり,財源は国が決めることであり,自転車が批判されるいわれはない.
フロー感覚が必要.
「所有権を得るための対価としての金銭」とおなじ感覚で,税金を考えてしまっているのだろうか?.もしそうなら明らかな間違いである.

道路交通法の最重要目的は安全である.
加害可能性が高い乗り物,つまり車道においては自動車,の負担,責任が非常に高く設定されておりまたそれは当然である.公道を自動車が走るということは,免許を持った特定の人間に与えられる特権であり,当然に認められることではない
車道を当然に走る権利は,実は自転車側のほうが大きく,自動車側のほうが小さい.これは法解釈的にそのとおりである.
自動車に乗っていると,周りの状況がそうなっているという(法を無視した)主観的視点で,当然に自動車側に車道を専有する権利があるように思えてしまうが,そうではない.それは自動車側の偏見にすぎない.

フリーライドとは「利益に対する権利がないのにただ乗りすること」であり、「費用を支払っていないのにただ乗りすること」と同じではない。
受益者負担を根拠に権利を否定する論法は,妥当な根拠なく反対解釈をおこなう主観的論法であり,そもそも解釈前に法を元にしておらず,通用しない.
自転車のフリーライド論は否定される.

乱暴な自転車運転の状況という考慮事情はあるが,それは個別事項であり,各個対応する事情である.
交通戦争時の自動車のように,十分広く共通した事情を持つ問題があると認められるならば,個別事情でなく社会事情とできるが,現在起きている問題が自転車全体の事情であるとは,少なくとも都市部以外では,認められない.
乱暴な運転を根拠に,乱暴な運転をしていないものにも費用負担させる,自転車全体の責務とさせる論法は,現状,根拠が足りない.(とおもう.現状の正式な統計的調査結果を見ていないが)

とはいえ,今後自転車関連の費用はかさんでゆくと予想されるため,明確な財源が必要となってくるであろう.
結局,


自転車のフリーライド論は否定する.
ただし,自転車も公道に関する費用を負担すべき,と主張する「べき論」であれば,その通りと思う.
自転車が支払うべき受益者負担をざっと適当に偏見込めて計算する.
A 自転車の重量は自動車の10分の1以下.自動車税4,100円/年/0.5tそのまま適用するとしても,自転車の適当な金額は約800円/年.
B 自動車税50,000円/年として,自転車の適当な金額は0円/年.
C 自転車道等の整備により利益を受けるのは,自動車,自転車双方であり,事故時の加害割合は自動車外装損害50,000円v自転車死亡50,000,000円として1:1000.・・・
・・・
計算する気が失せたが,自転車が受益者として負担すべき費用は約1000円/年ぐらいか?.


さて・・・

上記リンク先のような認識が自動車側にある事例があることがわかる.
ある程度の自動車乗りにその認識があると仮定する.
するとどうなるか.

一部の自動車乗りは,「車道は自動車のものであるから,自転車は車道を走るべきではない」と考えるだろう.
更に一部の自動車乗りは,「車道から自転車を追い出すために,幅寄せをしよう.自分が正しいのだから自分にはそれを行う権利があるはずだ」と考えるだろう.
更に一部の自動車乗りは,「自転車は走るべきでないところを走っているのだから,ぶつけられて当然である」と考えるだろう.

これは妄想でない.こう考える人間は実際にいる.(メモ 事例リンクすること.)
自分が正しいと思いこんだ時,行動のタガは外れるものだ.
正しい認識を持っていれば,殆どの人は,こうはならない.

結局,
「自動車側に,自動車は優先ではないこと,自転車が車道を走るものだという認識,啓蒙が足りないのが,最も問題である」
ってことだ.


繰り返すが,権利とは,予め争いを避けるために,相手を尊重するために,存在している.
権利の知識は,きちんと持ってほしい.










山で待ってくれるのはジェントルマンと言おうかサドと言おうか



・自転車事故死が半減 「左側」徹底効果か:静岡:中日新聞(CHUNICHI Web) http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20140805/CK2014080502000045.html?ref=rank


・事故現場を歩く:広がらない自転車の車道走行 歩道で死傷事故相次ぐ
http://mainichi.jp/feature/news/20140926mog00m040002000c.html
「自転車に乗る人のなかには、車が怖いから、歩道に上がろうと考える人もいるでしょう。しかし、車の脅威が消えても、歩道ではその人自身が歩行者を脅かす存在になってしまいます。
 さらに、自分自身をも危険にさらす可能性もあります。2013年2月、川崎市幸区で歩道を走っていた母子3人乗りの自転車が転倒し、はずみで車道に投げ出された5歳の女児がトラックにひかれ死亡しました。歩道幅は約1.35メートル。自転車同士がすれ違うのがやっとの場所です。神奈川県警の調べでは、運転していた母親は正面から来た自転車を避けようとし、転倒してしまったそうです。
 自転車政策に詳しい山中英生・徳島大大学院教授は、自転車の一方通行化を推奨しています。教授によると、欧州では20年以上前に自転車の双方向通行は危険と気づき、禁止にしました。米国も一方通行です。」



・歩行者・自転車は原則的に道路通行を許されている.
自動車は特別に,免許をとり車検を受け税金を収めて初めて,車道通行を許される.
車道走る自転車がフリーライド,という議論にはならんよ.前提が違う.
 http://togetter.com/li/946481
どこを通行す「べき」か,と,通行する権利があるか,は,「全く」別の話.
権利を税金で買っている,と思っているような人は,いちど頭かち割ったほうが良い(毒).

大体フリーであることに越したことはないのにフリーライドフリーライド騒いでいたら,「差のあるすべて」が有料になりかねんぞ?.そんなに無駄に金払いたいのかよ.
公平平等は一定の範囲に抑えるのが,自由陣営のやりかただろうが.
そんなに平等第一で欲しいなら社会主義国にいけよ・・・いまどきそこまで平等第一の社会主義国もないけど.

フリーでやれる領域があるならフリーの領域を選択すれば良い.自由陣営にはその選択の自由があるだろうが.
自分が自分のやり方変えられない,変えないからって,人の足引っ張んなよ・・・
(もちろん不可能事由があれば別だが,文句行っているものの大概に不可能事由はない.)